-
その昔
日本の家の屋根は瓦を使って形成されていましたが
時代の移り変わりと共に屋根材も様々な種類が開発され
今ではガルバリウムといった板金屋根が主流となって
屋根業界で働く職人さんたちの
取り巻く環境が大きく変化してきましたが
そのことである問題点が浮かび上がってきました。
それは
「瓦屋根を施工できる職人が減っているという現実」
板金屋根の需要が伸びたことで
瓦よりもその技術を早く習得できる反面
瓦屋根に対応できる職人さんが減少
これまで何人もの屋根職人さんを取材してきて
「板金はできるけど、瓦は知り合いに頼む」という声を
耳にしてきたからこそ
未だ日本家屋がたくさん残る中で
瓦屋根を施工できる職人さんは貴重な存在と言えます。
その昔
日本の家の屋根は瓦を使って形成されていましたが
時代の移り変わりと共に屋根材も様々な種類が開発され
今ではガルバリウムといった板金屋根が主流となって
屋根業界で働く職人さんたちの
取り巻く環境が大きく変化してきましたが
そのことである問題点が浮かび上がってきました。
それは
「瓦屋根を施工できる職人が減っているという現実」
板金屋根の需要が伸びたことで
瓦よりもその技術を早く習得できる反面
瓦屋根に対応できる職人さんが減少
これまで何人もの屋根職人さんを取材してきて
「板金はできるけど、瓦は知り合いに頼む」という声を
耳にしてきたからこそ
未だ日本家屋がたくさん残る中で
瓦屋根を施工できる職人さんは貴重な存在と言えます。
-
緑豊かな田園風景に囲まれた
ここ山口県光市に建つ二階建て住宅では
経年劣化による屋根工事の真っ最中
施工するのは
おとなりの柳井市に拠点を置き
屋根工事一式を請け負っておられる
刈屋工業の刈屋さんご夫婦
今回の工事では
アスファルトシングルが張られた
既存の屋根の上に
ガルバリウムと天然石で作られた
セネターという屋根材を使った
カバー工法が行われていました。
緑豊かな田園風景に囲まれた
ここ山口県光市に建つ二階建て住宅では
経年劣化による屋根工事の真っ最中
施工するのは
おとなりの柳井市に拠点を置き
屋根工事一式を請け負っておられる
刈屋工業の刈屋さんご夫婦
今回の工事では
アスファルトシングルが張られた
既存の屋根の上に
ガルバリウムと天然石で作られた
セネターという屋根材を使った
カバー工法が行われていました。
-
施工範囲は300㎡
広さや家の形状はもちろんのこと
まず現場について驚いたのが
屋根の傾斜角度がかなり急であること
実際に上ってみるとより体感でき
足腰に負担のかかる状況の中
今回の屋根修理工事に際して刈屋さんは
境目や出隅など
特に雨漏りしやすい箇所を重点的に
下地となるルーフィングを入念に張ることを
まず意識したそうです。
そして、カバー工法にすることで
既存の屋根を撤去する必要がないため
全体の工事費用を抑えることができます。
施工範囲は300㎡
広さや家の形状はもちろんのこと
まず現場について驚いたのが
屋根の傾斜角度がかなり急であること
実際に上ってみるとより体感でき
足腰に負担のかかる状況の中
今回の屋根修理工事に際して刈屋さんは
境目や出隅など
特に雨漏りしやすい箇所を重点的に
下地となるルーフィングを入念に張ることを
まず意識したそうです。
そして、カバー工法にすることで
既存の屋根を撤去する必要がないため
全体の工事費用を抑えることができます。
-
そんな刈屋さんは
小中高とずっと野球に励んできた中
18歳の時に屋根職人だった先輩の紹介で
地元 山口県の屋根屋に就職
はじめは大工への憧れもあったそうですが
いざ屋根仕事に関わってみると
感触としてなんとかなるという手応えを掴み
下積み時代は道具や材料の運搬など雑用をこなし
特に辛かったのが漆喰の泥練りを
ひたすらやっていたときだったそうですが
一人前の屋根職人になる目標をブラさず
2~3年後にはメインの仕事にも携わるようになり
10年間 勤めたあと、27歳の時に満を持して独立
生まれ育った防府市から柳井市に拠点を移し
光市や岩国市、周南市などを中心に
時には下関まで屋根仕事に行くこともあるそうです。
そんな刈屋さんは
小中高とずっと野球に励んできた中
18歳の時に屋根職人だった先輩の紹介で
地元 山口県の屋根屋に就職
はじめは大工への憧れもあったそうですが
いざ屋根仕事に関わってみると
感触としてなんとかなるという手応えを掴み
下積み時代は道具や材料の運搬など雑用をこなし
特に辛かったのが漆喰の泥練りを
ひたすらやっていたときだったそうですが
一人前の屋根職人になる目標をブラさず
2~3年後にはメインの仕事にも携わるようになり
10年間 勤めたあと、27歳の時に満を持して独立
生まれ育った防府市から柳井市に拠点を移し
光市や岩国市、周南市などを中心に
時には下関まで屋根仕事に行くこともあるそうです。
-
以前勤めていた屋根会社からの仕事を請けつつ
新しい得意先も少しずつ増やしていくも
当時は一人でやっていたこともあって
対応できる仕事量に限界があったそうですが
付き合い始めた頃から
奥さん自ら現場に行きたいと
特に手取り足取り教えたわけでもないに
「天性のモノがあるのかも…」と
夫である刈屋さんも驚く飲み込みの良さで
いつしか一人の職人として成長
聴けばはじめから高所作業も問題なく
結婚して男の子5人を育てながらも
産休が明ければすぐに現場復帰するなど
たくましさと頼もしさを感じる奥さん…
以前勤めていた屋根会社からの仕事を請けつつ
新しい得意先も少しずつ増やしていくも
当時は一人でやっていたこともあって
対応できる仕事量に限界があったそうですが
付き合い始めた頃から
奥さん自ら現場に行きたいと
特に手取り足取り教えたわけでもないに
「天性のモノがあるのかも…」と
夫である刈屋さんも驚く飲み込みの良さで
いつしか一人の職人として成長
聴けばはじめから高所作業も問題なく
結婚して男の子5人を育てながらも
産休が明ければすぐに現場復帰するなど
たくましさと頼もしさを感じる奥さん…
-
そして、刈屋工業で
なくてはならないもう一人が刈屋さんのお父さん
丁度 定年退職されたタイミングで
独立した刈屋さんの仕事をサポート
屋根の上で作業をする息子さんからの指示の下
寸法通りに材料をカットして渡したりと
何度も上り下りするのが大変な屋根仕事だからこそ
こうやって材料や道具など
必要なモノを渡してくれる存在がいるだけで
一人だと捗がいかなかった作業が一気に解消され
今では幾つもの現場を並行して行えるようになったり
刈屋さんが現調や打ち合わせで現場にいれないときも
奥さんに任せておけるようになったことで
「とても助かっています」と
お二人が刈屋さんと共に作業されている姿を拝見していて
その存在の大きさを実感することができました。
そして、刈屋工業で
なくてはならないもう一人が刈屋さんのお父さん
丁度 定年退職されたタイミングで
独立した刈屋さんの仕事をサポート
屋根の上で作業をする息子さんからの指示の下
寸法通りに材料をカットして渡したりと
何度も上り下りするのが大変な屋根仕事だからこそ
こうやって材料や道具など
必要なモノを渡してくれる存在がいるだけで
一人だと捗がいかなかった作業が一気に解消され
今では幾つもの現場を並行して行えるようになったり
刈屋さんが現調や打ち合わせで現場にいれないときも
奥さんに任せておけるようになったことで
「とても助かっています」と
お二人が刈屋さんと共に作業されている姿を拝見していて
その存在の大きさを実感することができました。
-
1つ気になったのが、向上心が人一倍ある
奥さんがいることでのパワーバランス
親子や兄弟など肉親だからこそ
仕事がやり易いところと上手くいかないパターンと
これまでの取材で何度も耳にしてきたこの問題も
現場では刈屋さんがコンダクターであるものの
事細かく言うことで奥さんのやる気を削がないため
最低限のことに留めたり
お子さんたちと過ごすプライベートの時間でも
段取りのこと以外は全く仕事の話はしないそうです。
そうやってお互いを尊重し合いつつも
屋根工事の肝心な部分や納めるときは誰にも任せず
絶対に自分がやると決めているそうで
「70、80歳になってもそこだけは譲りません」と
気さくに話される中で一瞬 語気を強められた中に
屋根職人としてプライドが垣間見れました。
1つ気になったのが、向上心が人一倍ある
奥さんがいることでのパワーバランス
親子や兄弟など肉親だからこそ
仕事がやり易いところと上手くいかないパターンと
これまでの取材で何度も耳にしてきたこの問題も
現場では刈屋さんがコンダクターであるものの
事細かく言うことで奥さんのやる気を削がないため
最低限のことに留めたり
お子さんたちと過ごすプライベートの時間でも
段取りのこと以外は全く仕事の話はしないそうです。
そうやってお互いを尊重し合いつつも
屋根工事の肝心な部分や納めるときは誰にも任せず
絶対に自分がやると決めているそうで
「70、80歳になってもそこだけは譲りません」と
気さくに話される中で一瞬 語気を強められた中に
屋根職人としてプライドが垣間見れました。
-
これまで山口県で
瓦一筋で歩んできた職人人生で
38歳の時に知り合いの仲間から
板金屋根の仕事を手伝ってほしいと頼まれたことが
1つの大きなターニングポイントとなり
瓦だけでなく板金も対応できることで
仕事の幅が大きく広がったそうです。
今後はスタッフを増やして
刈屋工業を大きくしたいという想いはなく
あくまで刈屋さんが目指すのは少数精鋭の
信頼できる職人で構成された屋根屋
「将来、子供が引き継いでくれたら…」と
お子さん5人全員が男の子であることから
そんな刈屋さんの想いや業が
次世代に必ず受け継がれていく筈です。
取材撮影&文 :
とくおか じゅん
これまで山口県で
瓦一筋で歩んできた職人人生で
38歳の時に知り合いの仲間から
板金屋根の仕事を手伝ってほしいと頼まれたことが
1つの大きなターニングポイントとなり
瓦だけでなく板金も対応できることで
仕事の幅が大きく広がったそうです。
今後はスタッフを増やして
刈屋工業を大きくしたいという想いはなく
あくまで刈屋さんが目指すのは少数精鋭の
信頼できる職人で構成された屋根屋
「将来、子供が引き継いでくれたら…」と
お子さん5人全員が男の子であることから
そんな刈屋さんの想いや業が
次世代に必ず受け継がれていく筈です。
取材撮影&文 :
とくおか じゅん